- 「危機管理」は、「正常バイアス」との戦いである
- 「巻き込み期間」の具体例(災害対応のエッセンスから)
まだ白黒がつかないうちは、オープンな検討を行う「巻き込み期間」を作ることで、正常バイアスなどの主観を排除する。 - 若手・中堅を巻き込まねばならない
医師の働き方改革や地域医療構想に対しては、まだ間に合ううちに、次世代を担う若手・中堅を交えた活発な議論を行い、組織として合理性の高い判断を行うべきである。
(以下本文:7分程度でお読みいただけます)
第12回 迫りくる「危機」にどう備えるか
~災害医療のエッセンスを活かす~
今、日本は、未曾有の人口減少社会に突入する。
かつ、人類史上類を見ない高齢化と、生産年齢人口の減少に直面する。
さらに、国家の財政が危機的であり、
これまでのように潤沢な「医療」を行うお金は、もう無い。
どの臨床現場にも、「もっと儲けろ」、「しかし働いてはいけない」と、
負荷と制約が同時に押し寄せており、職員のストレスは、かなり大きい。
日本の医療の未来は、過去の延長にはなく、
大ベテランすら、経験したことのない、未知の領域に入ってゆく。
このような、医療の「危機的状況」に、
八王子医療センターは、どのように対応すれば良いのか。
一貫して、私が思うのは、
職員、とくに若手・中堅が参加するような議論を、
この1~2年のうちに、十分に行うことである。
組織として、出遅れることのないように、
まだ間に合う時期に、大勢を巻き込んだ議論を行うべきである。
できるだけオープンな、客観的な議論を行うべきである。
「危機管理」は、「正常バイアス」との戦いである

テレビで交通事故のニュースを見たあとも、
多くの人は、怖がらずに、自動車で出かけられる。
「正常性バイアス」とは、
多少の異常事態が起こっても、
「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」、と心を平静に保とうとする働きのことである。
この働きは、人間に降りかかるさまざまな危機に、
心が過剰に反応しないための、人間の生活に「必要な働き」とされている。
しかし、本当に危険な場合は、
「正常バイアス」が、「逃げ遅れ」の原因になる。
「危機管理」は、「正常バイアス」との戦いである。
そして、「正常バイアス」にハマらないためには、
まだ間に合う時期(巻き込み期間)に、大勢の仲間を巻き込むことが大事である。
「巻き込み期間」の具体例(災害対応のエッセンスから)
まだ白黒がつかないうちは、オープンな検討を行う「巻き込み期間」を作ることで、正常バイアスなどの主観を排除する。
八王子医療センターの救急外来に、
「近隣の高速道路で約5台の玉突き事故発生」
という「第一報」が入ったとしよう。
これに対し「正常バイアス」が働く。
「たぶん、軽症の患者さんが、何名か運ばれる程度であろう」
しかし危機管理上、この「たぶん」が危ない。
大災害、大事故、感染症の大流行など、さまざまな事象に対して、
病院レベル、いや、国家レベルでも、よく「初動判断」が遅れる。
というのも、最初のうちは、「判断」するための「情報」が十分ではない。
情報が無いから「判断」ができない。
かといって、「過剰」に騒ぐと、皆がパニックに陥る。
このような状況で、
組織が「遅滞なく」「合理的な」判断を下すための「秘訣」が、
「巻き込み期間の設置」である(図2)。
以下、具体的に解説する。

事故が発生し、「第一報」が入った。
これを受けた救急科の医師は、
「もしかしたら、オオゴトになるかもしれない」と思い、所属長に報告した。
所属長(救命救急センター長)は、
看護師長や総務課長らを招集し、一緒に情報収集・分析するよう依頼した。
この3名で、「災害対策本部」設置の、『検討』を開始した。
現段階では、まだ情報が少ないので、あくまで『検討』である。
まだ白黒つけられなのに、無理に「白」か「黒」か、決める必要はない。
その代わりに、
まだ間に合う時期(巻き込み期間)に、大勢の仲間を巻き込むことが大事である。
「独り」で抱えていると、
「オオゴトにならないだろう」という「正常バイアス」や、
「オオゴトにならなってほしくない」という「希望的観測」により、
その判断が「主観的」なものに偏ってしまう。
その結果、往々にして、組織の「初動判断」が遅れる。
30分経って
(第2報)「現場では、観光バスも事故に巻き込まれている」
という連絡が入った。
さらに15分経って、
(第3報)「観光バスではなく小学校の遠足バスだった。子供が大勢、乗っている。」
という連絡が入った。
この段階では、まだ「大事故」かどうかは判らない。
「軽症」であってほしい、、、
まだ、組織は、図3の『巻き込み期間』にいる。

『巻き込み期間』で集めた情報や、話し合った内容は、
いつでも内外に公表し「説明責任」を果たせるよう、
常に情報公開を心がけ、時系列でまとめるべきである。
この「見える化」により、組織の判断は、その客観性と合理性が、さらに増す。
15分後、
(第4報)「赤タッグ(=重症)30名以上。その多くはバスに乗っていた小児。」
という報が入った。
これをもって、
検討メンバーは「災害対策本部の設置」を『決断』した。
病院長も了解した。全職員に向けて、『災害対策本部の設置』を発布した。
災害対策本部では、
- スタッフの招集
- 手術室の準備や手配
- 入院病棟の手配(集中治療室など)
- 院内でのトリーアージ(優先順位)
- 実際の治療・処置
- 病院間・地域での連携(転院搬送など)
- 家族対応
- マスコミ対応
などなど、あらゆる準備を一気に進めた。
まさに、病院挙げての総動員体制で、「災害モード」に入ることになった。
以上が、「巻き込み期間」の具体的な例である。
若手・中堅を巻き込まねばならない
医師の働き方改革や地域医療構想に対しては、まだ間に合ううちに、次世代を担う若手・中堅を交えた活発な議論を行い、組織として合理性の高い判断を行うべきである。
日本は、未曾有の人口減少社会に突入したところである。
かつ、人類史上類を見ない高齢化と、生産年齢人口の減少に直面する。
さらに、国家の財政が危機的であり、これまでのように「医療」を行うお金が無い。
このことを、多くの現場の医療者が、日々の忙しさの中で、「知らない」で過ごしている。
私は、この「知らないこと」が、危機管理上、最も「危険」な状況だと思っている。
このままでは「正常バイアス」にハマってしまう。
とくに「中堅」あるいは「若手」といった、
これからの医療を実際に背負ってゆく人材が、「危機感」を感じるべきである。
しかし、彼ら(彼女ら)は、日々の業務で、本当に忙しい。
立ち止まって、未来を考えることが、物理的に難しい。それくらい業務を背負っている。
それ故に、私は、このブログを通じて、わかりやすく伝えたいと思っている。

「医療の危機」において、
今、われわれは、図4の「第一報」のところに立っている。
「働き方改革」や「地域医療構想」が、どういうものか、わかってきた。
そして、その期限が、2024年、2025年であることを考えると、
まだ間に合う時期(巻き込み期間)は、この先の1~2年間であろう。
そのあとに、組織として、何らかの「決断」が迫られることになる。
このような状況を鑑みると、
「中堅」や「若手」のみなさんには、
いま、ほんの少し、業務の手を休めて、未来のことを考えてもらいたい。
組織としての、客観的で合理的な判断に「寄与」するべきである。
将来の厳しい医療現場を背負ってゆくのは、他でもない、いま現場にいる皆さんである。